飲食店の立ち退き
飲食店舗の立ち退きのポイント
飲食店舗の立ち退き交渉の場合、主に、(1)場所と営業の結びつきの強さ、(2)店舗営業が賃借人の生活・家計等に与える影響、(3)賃借人が支出した設備投資の大小、などの点がポイントとなります。
(1)場所と営業の結びつきの強さについては、飲食店舗の場合、他の用途に比して、比較的、場所と店舗の結びつきが強いと判断される傾向にあります。
例えば、長年、同じ場所で営業を継続しており、多くの固定客が訪れるような店舗の場合、賃借人の使用の必要性が高いと判断される要素となります。
裁判例(東京地方裁判所平成21年11月30日判決)でも、「飲食店にとって、店舗の立地条件がその経営を行う上で極めて重要な事項であり、店舗の立地条件の変化により営業の継続が不可能となることも十分に考えられ」ると判示されております。
(2)については、店舗の収益が賃借人の家計に与える影響が大きい場合には、賃借人の使用の必要性を増加する方向になります。
例えば、賃借人が個人であり、店舗が家族経営で、店舗の収益が賃借人一家の唯一の生計の資であるような場合には、使用の必要性は高くなります。
逆に、賃借人が当該店舗の他に店舗を経営しており、全体の売上に占める割合が小さい場合や、赤字経営である場合などは、使用の必要性が減じられる方向になります。
(3)賃借人が支出した設備投資については、飲食店の場合、開店時に、内装・造作や設備等に初期投資をしている場合が多く、初期投資が多額に及び場合が少なくありません。
そのため、他の物件に移転する場合にどれくらいに費用が掛かるのかという点が考慮されることがあります。
飲食店舗の立ち退きに関する裁判例
1.喫茶店の立ち退きについて1億円の立ち退き料を認めた裁判例
<東京地方裁判所平成22年12月27日判決>
基本情報
- 物件所在地:東京都中央区日本橋(東京都駅八重洲口近隣)
- 用途:飲食店(喫茶店)
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由:建物の老朽化による建て替え、地下1階地上12階の複合用途ビルの建設を計画
- 賃料等:賃料36万円、共益費4万5000円
- 立ち退き料の認定金額:1億円
裁判所の判断-正当事由の有無
賃貸人側の事情
- 本件建物の建築年数や耐震性能が不十分であること
- 本件建物の所在地区が東京都心部の一画にある商業地域であること
⇒これらの事情からすると、本件建物を解体し、事務所・店舗・住宅の複合用途ビルに建て替えることにより本件建物の敷地の有効活用を図りたいという賃貸人の要望には一応の合理性、相当性がある。
賃借人側の事情
- 賃借人の本件貸室における店舗継続の要請も切実であり、賃借人が経営する喫茶店の営業が軌道に乗っている中、本件貸室と同等の条件の代替物件の確保が難しい。
- 移転に伴う顧客喪失のおそれも多分にあることなどを考えると、本件貸室の明渡しによって賃借人が被る経済的損失は極めて大きい。
結論
本件貸室の使用の必要性は、賃借人の方が勝っているというべきであるから、賃貸人の更新拒絶は、それのみでは正当事由を具備しているとは認められない。
⇒しかし、賃借人が本件貸室の明渡しにより被る不利益は、経済的損失が主であるから、賃貸人がその経済的損失をある程度填補することができれば、賃貸人の更新拒絶は正当事由を備えるに至ると解することができる。
⇒立ち退き料の支払いを条件として、正当事由を肯定
裁判所の判断-立ち退き料の金額
鑑定により、借家権価格を5300万円と認定。
⇒本件貸室の明渡しによる賃借人の不利益は、単に借家権の喪失に止まらず、今後他に新規の店舗を確保しても顧客の喪失等による営業上の損失が大きく、代替店舗確保に要する費用、移転費用等も多額に及ぶ。
⇒借家権価格(5300万円)のほかに、代替店舗確保に要する費用、移転費用、移転後営業再開までの休業補償、顧客の減少に伴う営業上の損失、営業不振ないし営業廃止の危険性などの諸点を勘案し、賃貸人の更新拒絶の正当事由を具備するための立退料としては、1億円の提供を要すると解される。
⇒1億円の立ち退き料の支払と引き換えに、賃貸人の立ち退き請求を認容。
2.とんかつ屋の立ち退きについて6000万円の立ち退き料を認めた裁判例
<東京地方裁判所平成23年1月17日判決>
基本情報
- 物件所在地:東京都中央区銀座
- 用途:飲食店(とんかつ屋)
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由:建物の老朽化による建て替え
- 賃料等:賃料28万8750円
- 立ち退き料の認定金額:6000万円
裁判所の判断-正当事由の有無
賃貸人側の事情
⇒Aビル(注:賃借人の貸室が存在するビル)は建築後相当長期間が経過し、ひび割れや変色、劣化等が認められ、補修工事が必要な箇所が認められるものの、朽廃しているとまではいえず、大地震発生時を想定すれば、耐震性について問題がないとはいえないものの、緊急な耐震工事を要する程度のものとまでは認められない。
⇒しかし、(1)Aビルは、このまま経年劣化が進めば、遠からず、建替えか大修繕が必要な状態になると認められること、(2)銀座6丁目という立地の最有効使用の観点からは、Aビルの現在の状況は敷地に適応しておらず、機能的・経済的には耐用年数をほぼ満了したか、満了に近い状態であると考えられる。
⇒本件建物の賃貸借契約を継続させるのは賃貸人にとって酷な結果となる
賃借人側の事情
賃借人は、本件建物において、長年の間、とんかつ屋を営業し、それが唯一の収入源となっていることが認められる。
⇒もっとも、飲食業の特性として固定客の確保は重要であるものの、本件建物に比較的近い場所に同程度の代替物件が確保できるのであれば、必ずしも本件建物で営業しなければならないわけではない。
⇒銀座という立地状況に照らせば、賃借人がおよそ代替物件を確保することができない状況であるとまでは考えにくい。
⇒賃借人の本件建物を継続して賃借する必要性は切実であるとまではいえない。
結論
原賃借人双方の必要性を比較考慮すると、賃貸人の主張する諸事情だけで正当事由を具備するには足りない。
⇒相当な立退料を支払うことによって、賃貸人の解約申入れの正当事由が補完される。
⇒立ち退き料の支払を条件に、正当事由を肯定
裁判所の判断-立ち退き料の金額
賃貸人主張金額
⇒賃貸人は、本件建物の借家権価格は2442万円程度であると主張
⇒しかし、賃借人の不利益は単に賃借権の喪失にとどまらず、顧客が減少する可能性さらには営業不振や営業廃止等の営業上のリスクが大きい。
⇒賃貸人の申し出に係る4595万円の立退料の提示は、賃貸人主張の借家権価格を上回るものではあるが、未だ正当事由を具備するとまで認め難い。
賃借人主張金額
⇒賃借人は、本件建物を明け渡さねばならないとすると、賃借人が負担すべき費用ないし損害は少なくとも7000万円を下らない旨を主張。
⇒しかし、そもそも立退料の提供は、立ち退きに伴う賃借人側の損失を全て賃貸人が負担するのが当然の前提であるとはいえない。
⇒また、賃借人の主張する損害額には休業補償や将来の減収分が含まれているが、訴訟記録からは、賃借人の収入額自体は明らかでなく、また、賃借人が新たに賃借する物件の賃料が本件賃貸借契約における賃料の2倍程度になることを前提にその差額分を損害として算定している点については、疑問がある。
結論
⇒双方の本件建物に関する諸事情を総合考慮すると、6000万円の立退料の提供により賃貸人の解約申入れの正当事由は具備されると認めるのが相当である。
⇒6000万円の立ち退き料の支払と引き換えに、賃貸人の立ち退き請求を認容。