事務所の立ち退き

事務所の立ち退きのポイント

事務所の立ち退きに関しては、通常、飲食店や診療所などと比較すると、営業内容と場所との結びつきが弱いと判断される傾向にあります。また、賃貸借の対象物件にて行っている営業の内容や物件の広さやにもよりますが、代替物件への転居が可能な場合が多いとは思われます。
こうした事情から、事務所の立ち退きにおいては、賃借人側の使用の必要性が、相対的に高くないと判断される可能性があります。

ただし、その一方で、賃貸人側も完全な意味での正当事由を備えていない場合も多いため、一定の立ち退き料の支払いが肯定される場合が多いです。

立ち退き料の算定においては、借家権価格や、物件の所在地、賃借人が支出した内装・造作費用などが考慮されることになります。

事務所の立ち退きに関する裁判例

1.不動産会社の事務所の立ち退きについて3000万円の立ち退き料を認めた裁判例

<東京地方裁判所平成20年10月31日判決>

基本情報

  • 物件所在地:東京都港区(青山通り沿い)
  • 用途:不動産会社の事務所
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:高層ビル建築のための取壊し(地下1階地上10階建ビルを予定)
  • 賃料等: 賃料50万円、共益費6万円
  • 立ち退き料の認定金額:3000万円

裁判所の判断-正当事由の有無

建物の状況

Aビル(注:本件建物が所在するビル)は、エレベーターもなく、主要構造部・設備等に経年相応の劣化、老朽化がみられ、外観、機能性ともに近隣建物よりも極めて劣っている。
⇒また、Aビルは、建材及び保湿材にはアスベストが、電気機器等にはPCBがそれぞれ使用されている可能性が極めて高く、また、新耐震設計基準以前に建築された建物であるので、耐震性能の点で現行の基準を満たしていない可能性がある。
⇒さらに、Aビルは、商業地域であり、交通利便性が極めて高く、中高層建物が多く、土地需要の高い青山通り沿いに存在しているにもかかわらず、容積率が指定容積率700%であるのに比して約428%にしか達しておらず、土地の利用効率がかなり悪い。

賃貸人側の事情

⇒賃貸人は、当初から、Aビルの賃貸借契約を継続して賃料収入を得るのではなく、近い将来、Aビルを取り壊した上でその敷地上に新たに高層ビルを建築する目的で、賃借人が存在することを認識しながら、Aビル、その敷地の借地権及び底地権を買い受けている
⇒Aビルは、地下1階及び1階が店舗、2から4階までが事務所となっているが、地下1階及び3階は空室となっており、立ち退きにつき何らの合意もされていない賃借人は被告だけである。

賃借人側の事情

⇒賃借人は、不動産業者であり、その本社ビルは、Aビルと青山通りをはさんで徒歩2分程度の極めて近い位置に所在しており、本件建物部分については、昭和52年12月29日から約30年間賃借している。
⇒現在、本件建物部分には、簡易な机とパイプ椅子数脚程度しかなく、従業員も常駐しておらず、固定電話も存在しておらず、本件建物部分の出入り口に表札も掲げられておらず、単なる荷物置場として使用されているにすぎない。
賃借人が本件建物部分を使用しなければならない必要性は大きくない。

結論

⇒賃貸人は、当初から、Aビルを取り壊してその敷地上に新たに高層ビルを建築する目的でAビルを購入したのであり、自己使用の必要性は大きいものとはいえない。
⇒しかし、Aビルの現状、地域性にかんがみれば、賃貸人の目的自体には企業の判断として合理性がある。また、既にAビルのうち、立ち退きにつき合意ができていないのは賃借人のみである。
⇒賃貸人の立場に立てば、明け渡しを求める必要性は高い。
賃借人による本件建物部分の使用の必要性は大きくなく、相当の資金的裏付けがあれば、適当な代替物件を見つけることは不可能ではない。

⇒立ち退き料の支払を条件に正当事由を肯定。

裁判所の判断-立ち退き料の金額

⇒賃貸人が提出した不動産鑑定士による鑑定結果を引用。

  • 賃料差額に基づいた借家権価格:1563万円
  • 控除方式による借家権価格:3690万円
  • 割合方式による借家権価格:4830万円

⇒賃料差額による価格を重視し、控除方式による価格を比較考量し、割合方式による価格を参考に留めて、借家権価格を2200万円と算定。借家権価格に差額賃料の補償、営業補償として162万円を加算し、立ち退き料を2360万円と算定。
上記の鑑定結果は、賃貸人側で依頼したものであるため、直ちにこの額を立ち退き料とは認められないものの、参考にすることはできるとして、最終的に3000万円の立ち退き料を認定。

⇒3000万円の立退料の支払と引き換えに、賃貸人の立ち退き請求を認容。

2.法律事務所の立ち退きについて1400万円の立ち退き料を認めた裁判例

<東京地方裁判所平成24年8月28日判決>

基本情報

  • 物件所在地:千代田区二番町
  • 用途:法律事務所
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:隣地と合わせたビル敷地の高度利用・大規模ビルへの建替え
  • 賃料等:賃料及び共益費57万6219円
  • 立ち退き料の認定金額:1400万円

裁判所の判断-正当事由の有無

賃貸人側の事情

⇒賃貸人が予定している再開発計画は、賃貸人自身が本件建物を使用するものではない。
⇒しかし、賃貸人が建物の返還を受けて取壊し、敷地上に新たに建物を建築するということも、賃貸人の建物使用に準じるものとして考慮できる。

建物の状況等

⇒本件建物は、平成6年築であり、外観上、建て替えを要するほどの損傷はない。そのため、老朽化による建て替えの必要性はない。
⇒しかし、本件建物の10室の貸室のうち、空室を含む8室の明渡が完了済みであり、1室は定期借家契約で明渡予定である
⇒退去した賃借人が賃貸人の計画に理解を示した結果であるということもでき、軽視できない。
⇒賃貸人の正当事由を基礎づける事情となる。

賃借人側の事情

⇒本件賃貸借契約の目的は、居住用ではなく、事業用である。
⇒賃借人が主張する600万円以上の設備投資は、内訳や裏付けが明らかでない。
移転に伴う事務の中断や停滞、その他の負担は、立ち退き料によって保障され得ないものではない。

結論

⇒賃貸人が主張する事情は正当事由を基礎づけるのに対して、賃借人の事情は正当事由を否定するものとはいえない。
⇒立ち退き料の支払を条件に、正当事由を肯定。

裁判所の判断-立ち退き料の金額

平成18年から平成19年に退去した、本件建物の他の賃借人の立ち退き料は、年間賃料等の0.76倍~1.68倍である。
⇒賃借人が支払う年間賃料等は691万4628円である。
賃貸人が依頼した鑑定士の鑑定では借家権価格が610万円と評価されていること、賃借人の賃貸期間(6年間)や移転に伴い予想される支出や不利益等を、総合勘案すると、賃料等の約2年分の1400万円を立ち退き料とするのが相当である。

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