工場・倉庫の立ち退き
工場・倉庫の立ち退きのポイント
工場・倉庫の立ち退きの場合、通常、工場や倉庫として使用するためには、一定の広さがある建物が必要であるため、代替物件を探すことが難しいということが考えられます。
また、工場の業種によっては、行政庁からの許認可を受ける必要があり、この場合、許認可を受ける条件を具備した物件が近隣に存在しない場合などもあります。
工場に、賃借人所有の機械が設置されている場合には、機械を移転することができるか否かが、移転の可否に影響する場合もあります。
これらの事情は、賃借人にとって有利に働く可能性があり、上記の事情により移転が難しい場合には、賃貸人側の正当事由が否定されるか、肯定されるとしても高額の立ち退き料が必要となる可能性があります。
立ち退き料の算定に際しては、工場・倉庫内に存在する工作物、機械、製品等の動産の移転費などが、立ち退き料を増額させる要因として考えられます。
工場・倉庫の立ち退きに関する裁判例
1.自動車整備工場の立ち退きについて賃貸人の立ち退き請求が否定された裁判例
<東京地方裁判所平成21年12月17日判決>
基本情報
- 物件所在地:東京都北区
- 用途:自動車整備工場
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由:本件建物を取り壊した上での共同住宅の建設
- 賃料等:賃料22万円
- 備考:本件建物は、賃借人が経営する、有限会社N自動車(以下、「N社」)が占有し、自動車整備工場として使用。
裁判所の判断-正当事由の有無
賃貸人側の事情
賃貸人は、銀行に勤務する長男と自己所有の建物に居住しており、平成19年分の所得は約530万円で負債はなく、仮に営業等の収入が無くなったとしても、約620万円の不動産収入がある。
⇒生活不安が否めないとしても、深刻なものとは言い難い。
⇒賃貸人は、本件建物の敷地を含む土地一体に共同住宅を建築する計画を有しているが、共同住宅として賃貸したとしても、賃貸人の手元にはほとんど利益が残らないので、同計画により、賃貸人の生活不安が解消されるかは疑問が残る。
⇒賃貸人が本件建物を使用する必要性は、必ずしも高くない。
賃借人側の事情
N社は、賃借人とその妻の2名で経営しており、賃借人と妻のN社からの収入で、賃借人家族(賃借人、妻、子2人)の生計は維持されている。
⇒N社は、主として徒歩圏内の顧客から普通小型自動車の整備等の依頼を受けて収入を得ており、新たに普通小型自動車の分解整備事業の認証を得るためには、100㎡の広さの作業場等が必要である。
⇒賃借人は、自動車整備工場を移転するとしても、徒歩圏である1kmを超えるような場所への移転は、顧客の減少を招き、二、三割程度の収入減となる可能性がある旨供述している。N社は40年以上にわたり本件建物で自動車整備工場を営んでおり、N社が営んでいる自動車の車検その他の整備等については、いわゆるディーラーや自動車用品店、車検・整備のチェーン店等と競争状態にあると考えられるのであるから、賃借人の前記供述にはそれなりの合理性があるとするのが相当である。
⇒そのため、仮に、N社が自動車整備工場を移転させるとしても、移転先としては、本件建物からほぼ1Km以内で、広さが100㎡以上あることが必要と考えられる。しかし、この条件に見合う移転先は、今のところ見当たらない。
⇒N社が本件建物において自動車整備工場の営業を継続することは、N社の存続及び賃借人の生計の維持にとって極めて重要であって、賃借人が、本件建物の使用を継続する必要性は、非常に高い。
結論
⇒賃貸人が本件建物を使用する必要性は、必ずしも高くなく、賃借人らが本件建物の使用を継続する必要性は、非常に高いのであるから、本件解約申入れに正当事由があるということはできない。
⇒仮に正当事由の補完として立退料を考えるとしても、賃貸人において提供の意思がある820万円程度では、正当事由を補完するには至らないというべきである。
2.倉庫の立ち退きについて5779万円の立ち退き料を認めた裁判例
<東京地方裁判所平成20年3月28日判決>
基本情報
- 物件所在地:東京都品川区
- 用途:倉庫(自動二輪車の駐輪場や整備場等として使用)
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由:老朽化による建て替え
- 賃料等:295万6380円
- 立ち退き料の認定金額:5779万円
裁判所の判断-正当事由の有無
賃貸人側の事情
⇒品川消防署が、平成16年9月、本件倉庫の確認検査を実施し、これにより、本件倉庫全体について、消防法違反が発見された。これを契機として、品川消防署は、平成17年3月16日に本件倉庫の査察を行った。
⇒その結果、品川消防署は、平成17年11月30日に、賃貸人に対して、消防法17条1項違反(消火設備、自動火災報知器、避難器具等の不設置)に基づく警告書を交付した。
⇒更に、品川消防署から、品川区建築課へ通知がなされ、品川区建築課から建築基準法61条(防火地域内の耐火建築物の関する規定)不適合が指摘され、適法状態に是正することを勧告する旨の通知書が交付された。
⇒本件建物全体には消防法上防火設備を設置することや建築基準法令に適合させるために造作を改築する工事だけではなく、耐震補強工事の必要性が存在する。
⇒上記の意味で賃貸人の本件土地建物を自己使用する必要性は高度である。
賃借人側の事情
⇒賃借人は現に本件倉庫を事業で使用する自動二輪車の駐車場として利用しており、賃借人が本件倉庫を利用する必要があることは認められる。
⇒しかし、他方で、賃貸人は立ち退き料の提供を申し出ており、立退料の支払いによって補完が可能である。
⇒また、賃借人は、自動二輪車の駐輪場が賃借人会社の本社の近隣にあるべきと主張しているが、本件倉庫に匹敵するような大規模な駐輪場及び整備工場の双方を本社の近隣におく必然性は認められない。
結論
賃借人の本件土地建物利用の必要性と、賃貸人のそれとを比較すれば、相当と認められる立退料の提供があれば、本件更新拒絶等の意思表示には正当事由があると認められる。
裁判所の判断-立ち退き料の金額
⇒賃借人は、相当な立退料は3億9802万8678円であると主張している。
⇒上記の立ち退き料の算定は、東京都建設局の損失補償に関する補償算定要領に基づき立ち退き料の額を算定しており、算定手法それ自体は不合理とはいえない。
⇒しかし、かかる立退料金額は、次の点から直ちには採用できない。
1)上記金額は、賃貸人が本件倉庫の補修に要する工事費用として試算した額を超えるのであって、高額に過ぎること。
2)上記金額は、本件賃貸借契約の目的となっていない賃借人の「本社」の移転に要する費用も計上していること。
3)本件倉庫と賃借人の「本社」が近隣地にある必要性は乏しいこと。
4)「借家人」補償額を算定する部分については、賃借人がこのまま本件倉庫を使用した場合、消防法及び建築基準法令に適合する造作に改修するためにさらに投下資本が必要であることを看過して、単純に権利金、敷金及び家賃のみを比較して補償額を算定しており、本件の特殊性を考慮していないこと。
5)「工作物等」の補償額を算定する部分については、「本社倉庫」及び「倉庫」という本件賃貸借契約の目的物ではない建物の造作設備に対する補償額を加算していること。また、一部の倉庫については、賃借人がこのまま本件倉庫を使用した場合、法令に適合した状態で使用するためには増床部分の撤去工事等が必要となるので、その部分に対する補償を行うことは相当とはいえないこと。
6)「動産移転」の補償額を算定する部分については、上記撤去工事等を施工するためには、必然的に本件倉庫内の動産を移転させることが必要となり、その部分は補償額から減ずることが相当であること。
7)「営業補償」の額を算定する部分については、賃借人全社の収益額を基礎として算定している点で、本件の立退料算定の基礎にすることは相当ではないこと。
⇒本件立退料のうち、本件倉庫以外の部分は本件と無関係であることからこれを全て排除する。
⇒次いで本件倉庫の部分のうち、「工作物等」については上記5)の理由から、「動産移転」については上記6)の理由から、「借家人」については4)の理由から、それぞれ記載の金額の半額とする。
⇒「移転雑費」についてはこれを全て認める。
⇒以上を合算すると、5779万7142円となる。
⇒立ち退き料5779万7142円の支払と引き換えに、賃貸人の立ち退き請求を認容。