理髪店について1000万円の立ち退き料を認めた裁判例

はじめに

立ち退きコラム10回目の今回は、理髪店の立ち退きについて、1000万円の立ち退き料を認めた裁判例をご紹介します。

この事例では、賃借人が昭和45年ごろから長期間に渡り、木造建物の1階を理髪店として賃借していましたが、周辺の賃料相場が月額20万円程度であるのに対して、月額6万5000円という相場よりも大幅に低額な賃料で店舗を賃借していたという点がポイントです。

裁判所は、正当事由の有無や立ち退き料の算定において、賃借人が長期間にわたって低額な賃料で建物を使用し、利益を上げていたという点を重視して、判断を下しています。

東京地方裁判所平成26年8月29日判決

事案の概要

  • 物件所在地:東京都内
  • 用途:理髪店

※ 本件建物の1階部分は理髪店、2階部分は理髪店の従業員の休憩室や物品の保管場所

  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:老朽化による建て替え(建て替え後の建物をXらの親族が使用することを予定)
  • 賃料等: 月額6万5000円
  • 当事者等

Xら:原告(賃貸人)。本件建物の共有者。

Y:被告(賃借人)。昭和30年以前からYの妻の父等が本件店舗を賃借し、昭和45年頃にYが賃借人の地位を承継した。

裁判所の判断-正当事由について

(賃貸人Xの事情)

・本件建物は、築後少なくとも80年を超える木造建築の建物であり、本件建物の西側に位置する空室店舗では、一部柱や土台の腐食等がみられるものであるから、朽廃には至っていないものの、本件店舗も含んだその全体につき、相当程度老朽化が進んでいることが推認される。

・また、本件建物は壁の量が多いとはいえず、各店舗入口部分は開口部が大きい造りとなっている上、外壁内部に筋かいがあることを窺わせる事情も認められない。

・一部の柱が腐食して柱としての機能を果たしていない。

本建物は、その構造的にも耐震性能に相当乏しい状態にあるといわざるを得ない。

・本件建物は東急電鉄a駅の駅前に位置するが、本件建物のうち空室店舗は空き家の状態であり、Yが賃借する本件店舗の賃料についても、近隣の相場と比較して、かなり低額である。

⇒空室店舗を今後新たに賃借することは相当困難であることが窺われる。

⇒本件建物につき、Xらとしては、現在、経済的に有効な利用ができていない状態にあるものといえる。

Xらは、本件建物を取り壊し、その敷地上に新たな建物を建てるなどしてその敷地を有効利用することを計画しており、このXらの計画は、現在までに本件建物の敷地を取得していることなどに鑑みても、本件解約申入れの当時から一定程度具体性を帯びたものであったと認められる

Xらにおいて、安全の観点から、また、敷地を含む不動産の有効利用の観点から、本件建物を取り壊す必要性があるものと認められるから、上記の計画を根拠として本件建物の自己使用の必要性がある旨をいうXらの主張は、十分に合理的なものと認めるのが相当である。

(賃借人Yの事情)

Yは、本件店舗において理髪店を経営しているもので、同所での営業継続の必要性が認められる。

・この点、Yは、理髪店における顧客の性質等や現在の資力からすれば、本件店舗を立ち退くことにより、直ちに生計の手段を失い、生活に窮することになる旨主張する。

⇒しかし、Yのいう理髪店における顧客の性質等を考慮しても、代替店舗において営業を行うことができないとは認められない。

⇒本件店舗の賃料がかなり低額であることを前提に、Yは、これまで相当長期間にわたって、多くの収益を上げてきたことが窺われる。

⇒それにもかかわらず、本件店舗から立ち退くことが直ちに生活に窮することに繋がるというべき事情を認めるに足りる証拠はないから、Yの上記主張を採用することはできない。

(結論)

Yにも本件店舗の自己使用の必要性が認められるが、本件解約申入れについては、適正な額の立退料の提供により、その正当事由が補完される。

裁判所の判断-立ち退き料について

本件解約申入れについては、本件建物は老朽化が相当程度進んでおり、耐震性能の点でも問題があること、Xらの経済的に有効な利用が妨げられていることなどの事情に照らすと、それ自体相当程度合理的な理由に裏付けられたものということができる。

・Yには本件店舗で営業を継続する必要性が認められるものの、本件建物の老朽化の程度や耐震性能の点に照らせば、本件建物は早晩取壊しを余儀なくされる状態にあったといえるから、Yにおいても近い将来本件店舗での営業の継続ができなくなることを覚悟すべき状況にあった。

・加えて、Yは相当長期間にわたって低廉な賃料で本件店舗を利用できてきたとの事情もある。

これらの事情に照らすと、本件解約申入れについての適正な立退料の額については、借家権価格、移転実費及び営業上の損失に対する補償に相当する合計額の一部をもって相当とみるべきである。

・本件店舗の実測床面積等に照らすと、本件建物の借家権価格は400万円強程度の金額になるものと考えられる。

・Yは、本件店舗の近隣同種店舗への移転費用として1805万円を要すると主張している

⇒しかし、新装工事費用700万円、椅子、洗面台等815万円の合計1515万円については、Y提出の見積書の内容に照らしても過大である。

⇒上記のとおり、本件建物は早晩取壊しを余儀なくされる状態にあったといえることなどからしても、新規の備品等を備えるための費用の多くはXらに填補させる根拠に乏しいといわざるを得ない。

・Yは、営業補償等として300万円を主張している。

⇒その具体的根拠が不明である。

⇒また、Y本人の供述によれば、本件店舗の顧客は予約を行う常連客が中心であったというのであり、そうであれば、近隣への移転により、大きな顧客離れが起こることは考えにくい。

本件解約申入れに関する事情を総合して考慮すると、本件解約申入れにつき正当事由を補完する立退料の額は1000万円と認めるのが相当である。

まとめ

このように、本事例では、賃貸借契約における賃料が周辺相場よりも低額であったことが、賃借人に不利な事情として考慮されており、立ち退き料の算定に際しても、借家権価格や移転実費・営業損失等の合計額の一部の額の範囲で立ち退き料を認定しています。

また、賃借人が主張した営業補償に関しては、賃借人が営んでいた理髪店の業態上、「予約を行う常連客が中心」であるとして、移転により顧客離れが起こらないと認定しています。

この点に関しては、理髪店という、比較的、地域密着型の店舗に関しても、営業の実態を踏まえた上で賃借人に厳しい判断をしていると思われます。

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