喫茶店2店舗について5120万円、5215万円の立ち退き料を認めた裁判例
はじめに
立ち退きコラム第13回目の今回は、新宿区の喫茶店2店舗について、5120万円、5215万円の立ち退き料を認めた裁判例をご紹介します。
この事例は、賃借人が、ビル内の4区画を賃借し、そのうちの2区画を喫茶店の店舗として使用しており、その他を倉庫として使用していたという事案でした。
立ち退き料の算定に関して、裁判所が、鑑定人の鑑定結果、及び、原告側が提出した鑑定結果を比較しながら費目ごとに緻密な検討を行い、原告側の正当事由と衡量した上で金額を算定しているため、立ち退き料の算定方法を検討する上でとても参考になる裁判例です。
東京地方裁判所平成26年7月1日判決
事案の概要
- 物件所在地:東京都新宿区(新宿駅西口)
- 用途: 喫茶店(本件店舗<イ>、<二>)、鍵・靴の修理店(本件店舗<ホ>)
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由: 老朽化による建て替え、再開発
- 当事者等
X:原告(賃貸人・法人)。カメラ・家電の量販店を営業する株式会社。新宿駅西口付近で、同量販店の新宿西口店を営業している。
Y1:被告(賃借人・法人)。本件ビルのうち、本件店舗<イ>、本件倉庫<ロ>、本件倉庫<ハ>、本件店舗<二>を賃借しており、本件店舗<イ>、<二>にて喫茶店を営業している。
(本件倉庫<ロ>、<ハ>については、本件店舗のための更衣室・倉庫として使用。)
Y2:被告Y1の代表者。本件ビルのうち、本件店舗<ホ>にて、鍵・靴修理の店を経営している。
裁判所の判断-正当事由について
(賃貸人Xの事情)
(1)Xは、本件ビルを取り壊し、その道路を挟んで西側に位置するb館などと一体として再開発を行う計画(以下「本件計画」という。)を有している。
(2)本件ビルは、昭和46年2月28日に昭和56年建築基準法施行令改正前の基準で新築されたものであり、48年ないし50年と見積もられる経済的耐用年数の8割ないし9割程度が経過している。
⇒東日本大震災発生前に耐震補強工事がなされているとはいえ、本件ビルは相当程度老朽化していると考えられる。
(3)Xが、b館を主体として大規模な「d店」を構えているところ、b館のほかは多数の手狭なビルに店舗が分散していること、本件ビルの周辺地域では集客力のある大型商業施設の開発・再生が続いているなど、商業化や土地の高度利用が進んでいることに加え、本件ビルは相当程度老朽化していると考えられることを考慮すると、Xがb館との一体的再開発を企図して同館の東側に隣接する本件ビルを取得したことには、一定の必然性・合理性があるということができる。
(4)本件ビルのテナントの多くが、Xの要請を受けて退去しており、本件ビルの空室率は約95%であることが認められ、Xは、本件各区画の明渡しを受けて早期に本件計画を実行することについて切実な必要性を有しているといえる。
⇒このような状況は、Xが自ら生じさせたものではあるが、Xが本件計画の合理性を説明しテナントがこれを受け入れたことを示すものでもあるから、上記必要性は正当事由の判断に当たって相当程度考慮に入れるべきものといえる。
(賃借人Yの事情)
・Y1は、本件ビルが竣工した昭和46年から、本件店舗〈イ〉、本件倉庫〈ロ〉、本件倉庫〈ハ〉及び本件店舗〈ニ〉を賃借しており、本件店舗〈イ〉を喫茶店として、本件倉庫〈ロ〉を同店舗のための従業員控室・更衣室として、本件倉庫〈ロ〉を同店舗のための倉庫として、本件店舗〈ニ〉を喫茶等の店舗として使用している。
↓
本件店舗〈イ〉及び〈ニ〉においてY1が経営している喫茶店は、長年の営業により固定客が付いており、雑誌やテレビに取り上げられたこともあることが認められ、Y1が引き続き上記各店舗の使用を必要とする事情が認められる。
⇒しかし、上記営業内容に鑑みると、十分な金銭的補償がなされれば、適当な代替物件を選定し、店舗を移転することも不可能ではないといえる。
(結論)
以上の諸事情を踏まえると、適正な立退料が提供されれば、Xの解約申入れは正当事由を満たすと解される。
裁判所の判断-立ち退き料について
立退料の額を算定するに当たっては、移転実費のほか、借家権そのものが有する財産的価値(借家権価格)及び営業上の損失に対する補償額を考慮した上、そのうち立退料以外の事情による正当事由の充足度を踏まえた一定額とするのが相当である。
↓
(借家権価格)
本件各区画の借家権価格については、
・裁判所が選定した鑑定人Cの鑑定結果(C鑑定)
・X提出による不動産鑑定会社作成の鑑定結果(X鑑定)
がある。
また、本件ビルの別区画の借家権価格について、Y提出の不動産鑑定結果(Y鑑定)がある。
↓
・C鑑定は、控除方式、割合方式を平均して1億0270万円と算定。
・X鑑定は、賃料差額方式、控除方式の価格を関連付けて得た価格を標準として、割合方式を参考にして、1000万円と算定。
↓
しかし…
・賃料差額方式による算定結果は、借家権自体の価値を示すものとは解し難く、むしろ移転実費算定の上で参照するのが相当である。
・また、控除方式による算定結果は、貸家及びその敷地を購入しようとする者にとっての適正な売買価格を判断する資料ではあるが、必ずしも借家権自体の有する財産的価値を表すものとはいえない。
⇒そこで、C鑑定及びX鑑定書が採用する各方式のうち、割合方式(借家権割合により求めた価格)による算定結果を基本とし、控除方式は参考にとどめるのが相当である。
↓
C鑑定の中で算定した、割合方式による評価結果1億1380万円を採用。
(移転実費)
・C鑑定では、新規賃料との差額月額49万6000円を5年分保証するのが相当としている。
⇒しかし、同鑑定が参照した賃貸事例の賃料等は、概ね、現行賃料等を下回っている。
⇒C鑑定が、これらの賃料等を上回る新規賃料等を前提とした理由は不明確である。
⇒賃料の差額補償相当額は0円とする。
・一時金の額については、返還が予定されていないもの(礼金)と返還が予定されているもの(敷金)に分け、後者については、Xから返還される現行敷金を控除した上で借り入れ金利を算定するX鑑定の手法が合理的。
⇒本件店舗<イ>、本件倉庫<ロ>、本件倉庫<ハ>につき、178万円、本件店舗<二>につき162万円となる。
(営業損失)
・Y1は、本件店舗<イ>及び<二>に代わる新規開業のための内装工事等に1店舗当たり4000万円程度、2店舗で8000万円程度の費用を要すると主張。
また、これまで使っていた高級なコーヒーカップを廃棄して買い直したり、いすを塗装し直したりする必要があるとして、1店舗400万円程度、2店舗で800万円程度の費用が見込まれると主張。
↓
・コーヒーカップの買い直しの必要性については客観的な裏付けがあるとはいえず、営業損失に算入することはできない。
・一方、内装工事業者の見積金額や工事費用の実績を踏まえると、内装工事、什器備品等を備えるために、1店舗当たり、概ね3500万円を要する。
⇒この金額は、コーヒー店の大手フランチャイザーが公表している新規開業資金の例よりも高水準であるが、Y1の経営する喫茶店の内装等のこだわりが顧客に評価されていることも窺えることに照らすと、不相当とまではいえない。
↓
・本件店舗<イ>及び<二>の営業利益の額は、2店舗合わせて年510万円~683万円である。
⇒一定期間分を営業損失として加算する。
・また、解雇予告手当は、200万円程度と見積もられる。
↓
以上の内装費用、什器備品の整備、営業再開までの休業損失、営業再開までの顧客の喪失等による損失、従業員に対する解雇予告手当などを併せて、1店舗当たり4000万円と見積もることができる。
(立ち退き料の額)
以上の事情を考慮すると、
・本件店舗<イ>、本件倉庫<ロ><ハ>については、借家権価格の2分の1である2620万円に、移転実費・営業損失のうち2500万円を加算した5120万円
・本件倉庫<二>については、借家権価格の2分の1である2715万円に、移転実費・営業損失のうち2500万円を加算した5214万円
を立ち退き料とする。
まとめ
このように、本事例では、裁判所は、鑑定結果等を参照しながら、借家権価格、移転実費、営業損失を算定した上で、立ち退き料以外の正当事由の充足度を踏まえた上で、算定結果に50~60%の料率を乗じた金額を立ち退き料として認めました。
立ち退き料が、正当事由を補完する要素であること、また、その内訳としては借家権価格、移転実費、営業損失が含まれているとされていることからすると、本事例の計算方法は、理論的枠組みに沿った計算方法であると思われます。
また、Y1が主張する内装工事費の判断に関しても、Y1が内装等について高級志向のこだわりを取り入れていることを考慮して、一般的なコーヒー店のフランチャイザーの新規開業費用よりもやや高水準の費用を認めており、個別の事情も考慮されている点で妥当な判決であると思われます。