レストランについて賃貸人の立ち退き請求が否定された裁判例
はじめに
立ち退きコラム第16回目の今回は、東京都港区のレストランについて、賃貸人の立ち退き請求が否定された裁判例をご紹介します。
この事例では、賃貸人側から、約2900万円の立ち退き料の申出がなされていましたが、裁判所は、正当事由を基礎づける事実がおよそ認められないとして、賃貸人の請求を棄却しました。
本事例における正当事由の判断は、借地借家法28条の文言に忠実に、賃貸人・賃借人の建物使用の必要性を中心にして、従前の経過や建物現況等の事情を従たる要素として捉え、立ち退き料に関しては、正当事由の補完する要素として判断しています。
本事例のこうした判断枠組みは、正当事由の有無を検討する際に、非常に参考になるものと思われます。
東京地方裁判所平成25年12月24日判決
事案の概要
- 物件所在地:東京都港区
- 用途:レストラン
- 賃貸人が立ち退きを求めた理由:老朽化及び耐震性能不足による取壊し
- 賃料等: 月額50万円(別途消費税)
- 当事者等
X:原告(賃貸人・法人)。昭和42年に本件建物を取得。
Y:被告(賃借人・法人)。昭和41年にⅩの前所有者から本件建物を賃借し、レストランを経営。
裁判所の判断-正当事由について
(正当事由の判断方法)
建物の賃貸人による更新拒絶の通知は、①建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、②建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに③建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
⇒正当事由の有無の判断に当たっては、上記①を主たる要素とし、上記②及び③は従たる要素として考慮すべきであり、上記③については、それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく、他の正当事由を基礎付ける事実が存在することを前提に、当事者間の利害の調整機能を果たすものとして、正当事由を補完するにすぎないものである。
(建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情)
・Xの使用の必要性
Ⅹは、本件建物につき、自己使用の必要性はないが、耐震性能の点で問題があることから、直ちに取り壊す必要がある、取壊し後の敷地については、建物を再築することは考えておらず、費用の支出やその他の管理面で負担の少ない駐車場として利用していくことを想定している旨を主張している。
⇒Ⅹからは上記の駐車場について具体的に計画を立てていることを裏付け得るような証拠の提出がない。
⇒Xには、本件建物を取り壊したとして、その敷地につき、差し迫った自己使用の必要性があるとは認められない。
・Yの使用の必要性
Yは、本件建物の新築(昭和41年11月15日)当初から、本件店舗を賃借してそこで欧風料理店を営業することを予定して、同年12月8日に設立した会社である。
⇒Yの代表取締役であるBは、Yの営業として、昭和41年12月24日に本件店舗で本件レストランを開業し、以後現在までその形態や内容を替えることなく営業を続けている。本件更新拒絶の意思表示がなされた当時、Bは72歳であり、そのほか、本件レストランでは9名の従業員が稼働している。
⇒本件レストランでは、提供する料理や酒類等のほか、その立地条件や開業以来約44年の間に複数の著名人が来店しているその歴史、開店当時より凝った造りがなされ年月を経て風格も増した内装等、Yの無形財産ともいうべき店内の雰囲気や情調等をも売りにして集客を行っており、年間の売上高はおよそ1億2000万円である。
⇒これらの事情に照らすと、Yは、本件店舗での営業が継続できなくなった場合、他の場所において本件レストランと同等の集客能力を備えた料理店を開設することが困難というべきで、これにより相当の損失を被ることが見込まれ、また、それに伴い、高齢のBや従業員の一部の生活にも影響を与えるおそれがあることを否定できない。
⇒そうすると、Yには、本件店舗の使用を必要とする相当に切実な事情があるものと認められる。
↓
Yが本件店舗の使用を継続する必要性は高いのに比して、Xには、本件建物を自己使用し、あるいは本件建物を取り壊した後の敷地を利用する差し迫った必要性がないのである。
⇒本件建物の耐震性能等、従たる考慮要素である上記②の各事情について、それでもなおYの立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ、正当事由は容易には認め難いというべきである。
(建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況)
・建物の現況
本件建物は、昭和41年11月15日新築の鉄筋コンクリート造の建物であり、本件更新拒絶の意思表示がなされた当時(平成22年11月24日)、築後約44年を経ていた。
⇒Xは、耐震診断におけるIS値(構造耐震指標値)を根拠に、本件建物を直ちに取り壊す必要があると主張する。
⇒もっとも、Yから指摘がされているように、各階壁の強度等の認定の仕方や、偏心率の算定とそれに伴うEo(保有性能基本指標)の算定式の選択如何等によって、上記のIs値はある程度変動するものと考えられ、証拠上は、耐震診断の結果が必ずしも十分な客観性を備えているとまでは認めるに足りない。
⇒そして、耐震診断自体、診断の結果は「耐震性に疑問あり。」と判定される旨を記載するに止めていて、耐震補強が必要な建物である旨をいうにすぎず、直ちに取り壊す必要がある旨をいうものではない。
⇒本件建物につき、耐震性能を理由に、その取壊しが不可避と認めることは困難である。
・建物の賃貸借人関する従前の経過
Xは、平成14年2月頃に実施した簡単診断の結果を受けて、本件建物の建替えを計画したが、Yが一時退去に応じなかったことから、その計画が実現しなかった経緯があり、これによれば、Yは、近い将来、本件店舗から立ち退かざるを得ないことを想定していたというべきである旨を主張する。
⇒しかしながら、Yが、一時退去を拒んだ際、Xに対して近い将来に本件店舗から立ち退く旨を了承したことを認めるに足りる証拠はない。
⇒そして、この時点では尚更、Xが、Yに対して、本件建物の耐震性能による取壊しの必要性を理由として、本件店舗からの不随意での立退きを求めることのできる正当な事由はなかったというべきであるから、本件建物の建替えのための一時退去をYが拒んだことがあったとの一事をもって、本件更新拒絶の意思表示につき、正当事由があることを肯定できるものではない。
・建物の利用状況
Xは、平成26年2月以降には、本件建物からはY以外のテナントがいなくなる旨を主張する。
⇒しかし、このような状況になったのは、これまでXが、Yが任意での立退きに応じることを期待すべき客観的な事情に欠けていたにもかかわらず、本件建物の付加価値を高めるなどしつつ、テナント募集をすることのなかった結果であり、Xの自己責任というべき面が大きいから、不随意での立退きを求める形でその責任をすべてYに転嫁するのは失当である。
⇒本件建物の利用状況を考慮しても、本件更新拒絶の意思表示につき、正当事由を肯定することはできない。
(結論)
本件更新拒絶の意思表示は、本件建物を使用する積極的な事情の認められないXが、本件店舗の使用を必要とする相当に切実な事情があるというべきYに対して、不随意での立退きを求めるものである。
⇒したがって、上記②の事情に関して、それでもなおYの立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ、その正当事由は容易には認め難いというべきであるが、Xが主として主張する本件建物の耐震性能の問題は、証拠上は、それが直ちに本件建物を取り壊す必要性を肯定できる程度にまで至っていると認めるに足りず、その他、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況について、上記の正当事由を肯定するに足りる事情は認められない。
⇒Xは、本件建物の明渡しと引換えに、2985万円の給付をする旨を申し出ているが、上記で説示したように、この申し出については、それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく、正当事由を補完するにすぎないものである。
そして、上記のとおり、本件更新拒絶の通知については、その正当事由を基礎付ける事実がおよそ認められないのであるから、原告の上記立退料の申し出によってもなお正当事由を認めることはできない。
まとめ
このように、裁判所は、賃貸人側の使用の必要性が無いこと、また、耐震性能を理由とする取壊しについても不可避のものとは考え難いことなどを理由として、正当事由を否定し、賃貸人の請求を棄却しました。
訴訟戦略的な観点からみると、賃貸人側において、建物取壊し後の土地使用の具体的な計画を示すことができていない点が大きなマイナスになっているものと思われます。
また、賃借人が、賃貸人が提出した耐震診断結果に対して指摘を行い、その結果、耐震診断結果の客観性について疑義が呈されている点については、賃借人側の訴訟活動が効を奏しているものと思われます。
そのため、本事例は、テナント側の訴訟活動という観点から、参考になるべき点が多いものと思われます。